IX免疫再構築症候群

4.対応方法

 免疫再構築症候群を回避するための方法や免疫再構築症候群の発症時の対処方法は、未だに全てが確立したものとはなっていない。したがって、以下にはこれまでのエビデンスや経験から考えられる対応方法について述べる。

(1)抗HIV治療開始前の対応

 抗HIV治療開始前には、日和見合併症の有無を評価しておくことが重要である。有症状時には見逃すことは少ないと思われるが、免疫再構築症候群として認める疾患は必ずしも事前に把握できていないこともあり8)(図IX-3)、注意が必要である。胸部画像でみられた結節影が肺非結核性抗酸菌症や肺クリプトコックス症だと後日判明する症例を時に経験する。したがって、免疫不全の進行した症例、特にCD4数が50/μL未満の症例に抗HIV治療を開始する前には、眼底検査、胸部レントゲン写真、脳MRI、血清診断としてβ-Dグルカン、クリプトコックス抗原およびサイトメガロウイルス抗原は検査しておくと良い。

 また、日和見感染症を未発症の場合でもCD4数が50/μL未満の症例には非結核性抗酸菌症20)、200/μL未満の症例にはニューモシスチス肺炎の予防をすることで、病原体抗原量を減少させ、免疫再構築症候群の発症リスクを減らすことができる可能性がある。

 抗HIV治療開始前に発症した日和見合併症の治療後、いつから抗HIV治療を始めるかについてもはっきりした結論は出ていない。免疫再構築症候群を回避するためには、体内の病原体の抗原量を十分に減らしてから抗HIV治療を開始することが望ましいが、免疫不全の進行した症例で抗HIV治療開始をいたずらに遅らせることは、日和見合併症の発症リスクがあり、悩ましい問題である2)。現時点では、ケースバイケースとなる。しかし、わが国において現在のところ抗HIV治療開始が待てそうな症例では、ニューモシスチス肺炎、サイトメガロウイルス感染症の場合は3週間の治療終了後、非結核性抗酸菌症、結核症の場合は、1〜2カ月間の治療後に抗HIV治療を始める傾向にある。一方、進行性多巣性白質脳症やカポジ肉腫などでは、早期に抗HIV治療を導入する。しかし、進行性多巣性白質脳症ではIRISが起こり易いので、副腎皮質ステロイド薬を併用しながら抗HIV治療を開始する試みが始められている21)。また、Tanら22)は進行性多巣性白質脳症の免疫再構築症候群症例では副腎皮質ステロイド薬を早期に開始し、緩徐に減量することが有用であると報告している。また、中枢気道にカポジ肉腫病変が存在する症例では、免疫再構築症候群を発症した場合致死的な危険性を生じる可能性もあり、慎重な判断が求められる23)

図IX-3 免疫再構築症候群を起こした疾患の既往の有無
各症状での既往ありと既往なしで比較した、100%の横棒の割合グラフ。疱疹状態は、既往ありが20%弱で既往なしが80%強。NTM感染症は、既往ありが約30%で既往なしが約70%。CMV感染症は、既往ありが60%強で既往なしが40%弱。PC肺炎は、既往ありが80%弱で既往なしが20%強。結核症は、既往ありが60%弱で既往なしが40%強。
「HAART時代の日和見合併症に関する研究」班平成16年度報告書から引用

 海外からは日和見感染症発症後も早期に抗HIV治療を開始することの意義が報告され始めている。Zolopaら24)は、日和見感染症治療開始後14日以内に抗HIV治療を開始する早期導入群の方が抗HIV治療を遅らせて始める群に比べ新たなAIDS指標疾患の発症や死亡が有意に少なく、IRISの発症率に差がないことを報告している(ACTG A5164 study)。Abayら25)は、結核合併AIDS症例の抗HIV治療開始時期に関する6つの臨床試験をメタ解析し、抗結核治療開始後早期に抗HIV治療を始めることでIRISの発症率は高くなるが、全死亡を有意に減少させ、特にその傾向はCD4数が50/μL未満症例で顕著であることを報告している(表IX-11)。クリプトコックス髄膜炎合併AIDS症例では、Makadzangeら26)が早期に抗HIV療法を導入すると死亡率が高く、生存期間が短いと報告し、その原因としてIRIS発症の関与を考察している。Boulwareら27)は抗HIV治療早期群と待機群でIRISの発症率には有意差はないが、26週までの死亡率は早期群の方が有意に高いと報告している。クリプトコックス髄膜炎症例における抗HIV治療導入時期についてのシステマティックレビューでは、診断後4週以内の抗HIV治療導入群では死亡リスクが高いが、IRISがその要因であるかは明確にはなっていない28)これらの結果をもとにDHHSガイドライン29)では、結核症でCD4数が50/μL未満の場合は結核治療後2週以内に抗HIV治療を開始することを強く推奨し(AⅠ)、50/μL以上の場合は8週以内に抗HIV治療を開始することを勧めている(AⅢ)。また、IAS-USA Panelガイドラインでも日和見感染症合併症例では出来れば2週以内の早期に抗HIV治療を導入することを勧め(AⅠ)、結核合併症例についてはDHHSガイドラインとほぼ同様の内容となっている(AⅠ)。ただし、クリプトコックス髄膜炎、結核性髄膜炎の症例では慎重に対応することが記載されている30)。しかも実臨床では推奨期間に抗HIV治療を開始することが困難なことも多い。渡邉ら31)はCD4数が50/μL未満のHIV感染症合併結核患者18例で2週以内に抗HIV治療を開始できた症例は3例(16%)であったが、抗HIV治療が遅れても予後への影響は少なかったと報告している。また抗HIV治療が遅れる原因は抗結核薬の副作用が最も多かったと指摘している。また、TEMPRANO試験32)やSTART試験33)ではCD4数が500/μL超のHIV感染者で抗HIV療法を早期実施群と待機群に分け活動性結核の発症を比較したところ、早期実施群が待機群より結核発症が抑制されたことを報告している。早期の抗HIV療法導入は、CD4数が高くても起こる合併症の発症を予防する効果があることを示唆するもので、免疫再構築症候群の予防にも有利にはたらくと思われる。表Ⅸ-12には、米国の日和見感染症ガイドライン34)に記載されている主な合併症発症時の抗HIV治療開始時期を示すが、まだ推奨レベルの低いものもあるので今後のエビデンスの集積が待たれる。

 わが国のHIV診療医は日和見感染症の病状が安定した後に抗HIV治療を開始する傾向にあるが、2週以内を治療開始時期であると考える者も増えてきている(図IX-4)。現時点では日和見感染症の感染臓器、重症度、免疫不全の程度、治療による副作用の有無、薬物相互作用やアドヒアランスなどを勘案し、可能な範囲で早期に抗HIV治療を導入することが望ましい(BIII)。

表IX-11 結核治療とART開始時期に関する比較試験のメタ解析結果
結果 早期治療群 待機治療群 リスク 95%信頼区間
全死亡 117/1153 145/1119 0.78 0.63-0.98
結核の治癒 396/634 376/606 0.99 0.92-1.08
TB-IRISの発症 231/1153 103/1119 2.19 1.77-2.70
TB-IRISによる死亡 9/1153 0/1119 6.94 1.26-38.22
薬物の副反応 575/1153 571/1119 1.00 0.93-1.08
新たなAIDS疾患の発症 54/707 64/678 0.84 0.60-1.18
表IX-12 日和見感染症発症時の抗HIV治療開始時期
日和見感染症 抗HIV治療開始時期 推奨レベル 備考
ニューモシスチス肺炎 2週以内 AI
  • 呼吸不全例のデータは不足
結核症 CD4<50/μL:2週以内
CD4≧50/μL:8週以内
AI
  • 低CD4数の髄膜炎症例では慎重に
  • 薬物相互作用に注意
播種性MAC症 2週以内 CIII
  • 薬物相互作用に注意
CMV感染症 2週以内 CIII
  • 早期開始ではIRISのリスクは上昇
クリプトコックス髄膜炎 2~10週 BIII
  • 高髄液圧、低細胞数の症例は慎重に
  • 開始時の培養陰性でIRISのリスク低下
他のクリプトコックス症 2~4週以内 BIII
  • 最適な開始時期は不明
トキソプラズマ脳炎 2~3週以内 CIII
  • データ不足
進行性多巣性白質脳症 できるだけ早期に AII
  • IRISにはステロイド治療を行うが、最適な投与量・投与期間は未確立
カポジ肉腫 早期に AII
  • データ不足
図IX-4 HIV診療医93名の抗HIV治療導入時期に関する考え方
各日和見感染症の病状とそれらに対する抗HIV治療導入の時期についての考えを示した100%の横棒の割合グラフ。非結核性抗酸菌症の場合、最も多かった回答は「病状安定後」の約40%で、その次に多かったのは「〜2週」の約20%と「2〜4週」の約15%強。CMV感染症の場合、最も多かった回答は「病状安定後」の約40%強で、その次に多かったのは「〜2週」の約20%強と「2〜4週」の約15%。ニューモチスシス肺炎の場合、最も多かった回答は「病状安定後」の約40%で、その次に多かったのは「2〜4週」の約20%強と「〜2週」の約15%強。結核症の場合、最も多かった回答は「病状安定後」の約40%で、その次に多かったのは「〜2週」の約20%と「1〜2ヶ月」の約15%強。クリプトコックス症の場合、最も多かった回答は「病状安定後」の60%弱で、その次に多かったのは「速やかに」と「〜2週」と「2〜4週」で、いずれも約8%〜10%前後。カポジ肉腫の場合、最も多かった回答は「速やかに」の約50%弱で、その次に多かったのは「病状安定後」の約30%。
「ART早期化と長期化に伴う日和見感染症への対処に関する研究」班
平成29年度報告書から

 Meintjesら35)は、結核によるparadoxical IRISに対するプレドニゾロンの予防効果を無作為二重盲検試験(対照はプラセボ)で評価している。CD4数が100/μL未満で、有効な抗結核治療開始後30日以内に抗HIV治療を開始するナイーブ症例を対象としている。プレドニゾロンは抗HIV治療開始48時間以内に始め、40mg/日を14日、20mg/日を14日投与する。IRISの累積発生率はプレドニゾロン群が32.5%、プラセボ群が46.7%で、相対リスクは0.70(95% CI:0.51-0.96、p=0.03)と予防効果を認め、重篤な副反応や感染症発症もみられなかったと報告している。ただし、神経系および心膜炎症例は除外している。このようにparadoxical IRISの予防法にかかわる試みが始められている。

(2)免疫再構築症候群への対処

 免疫再構築症候群を発症した場合も、有効な抗HIV治療をできる限り継続するように対応することが基本である。図IX-5には、HIV感染者に炎症性病態の増悪をみた場合の考え方、対応をフローチャートで示す5)

図IX-5 免疫再構築症候群に関連した対応のアルゴリズム
日和見感染症または炎症性疾患の併発が発生した場合の対応を表したフロー図。ART開始前ならばIRISの可能性なし(典型的な日和見感染)とし、日和見感染症の治療と、明らかな日和見感染症の治療終了までARTを開始しないことも考慮する(IRISによる症状の悪化を防ぐため)。ART開始後から数週〜数ヶ月ならARTのウイルス学的・免疫学的効果ありかどうかを確認し、そうでない場合、IRISの可能性あり(特に日和見感染にしては臨床症状が典型でない場合)とし、日和見感染症の治療(治療は通常の内容)とARTを続行し、NSAIDsや免疫抑制剤の使用・併用を考慮する。ARTのウイルス学的・免疫学的効果がなかった場合、ART失敗の理由(アドヒアランス?PK?薬剤耐性?)を検討し、日和見感染症の治療とARTレジメの改善または変更を行う。ART開始後一年以上経過している場合も同様にARTのウイルス学的・免疫学的効果があるかどうかを確認し、効果がない場合はART開始後数週〜数ヶ月の時のARTのウイルス学的・免疫学的効果がなかった場合と同じ対応をとる。ARTのウイルス学的・免疫学的効果がある場合、IRISの可能性は低い(特に明らかに非典型的または自己免疫的な発症形式では)ため、ART失敗とARTレジメの変更を考慮し、日和見感染症の治療を行う。
Stoll et al. Curr Infect Dis Rep 5: 266, 2003から引用

 免疫再構築症候群への対処方法には、その疾患自身に対する治療と過剰な炎症のコントロールとがある。疾患が感染症である場合には、病原体の増殖がなければ、抗微生物薬の投与は不要とする考え方もある36)。しかし、臨床的に病原体の増殖がないことを証明することは難しく、免疫再構築症候群の病態が軽症で経過をみることができる場合を除けば、抗微生物薬の継続や開始が必要であり、治療経過によっては抗微生物薬の追加・変更を考慮する場合もある。炎症のコントロールの方法には、NSAIDsや副腎皮質ステロイド薬の投与がある。副腎皮質ステロイド薬は、臓器の機能障害が重篤な場合、生命の危機がある場合、他の方法が無効な場合などに考慮する。副腎皮質ステロイド薬の投与方法も決まったものはないが、プレドニゾロン1〜2mg/kg/日相当で1〜2週継続後に週から月単位で減量する方法などがある(BII)37, 38)

 免疫再構築症候群のために抗HIV治療を中止せざる得ないこともあるが、その基準も決まっていない。現時点では、抗HIV治療を継続することで免疫再構築症候群の病態が生命を脅かす場合や副腎皮質ステロイド薬が無効な場合などに、抗HIV治療の中止を考慮する(BIII)。

 Haddowら13)は抗HIV治療を開始した成人498名を24週間フォローする前向き調査を実施したところ、114名(22.9%)でIRISを発症した。フォロー期間の死亡例25名中6名(24%)、抗HIV治療薬の変更・中断例35名中10名(29%)、入院例65名中13名(20%)はIRISが原因であった(図IX-6)。

図IX-6 抗HIV治療後24週以内にみられた有害事象とその原因
有害事象別にその原因の数を表した横棒グラフ。死亡は25件で、副作用が原因で死亡したケースはなかった。それ以外の原因は全体的に同じ割合で、既存疾患による死亡がやや多い。抗HIV治療の変更/中断の35件は、副作用が最も多く約20件弱で、その次にIRISが約10件弱ほどあった新規感染、既存疾患、その他はそれぞれ同じ程度で数件ほどだった。入院の65件は、既存疾患が最も多く約20件強あり、その次にIRIS、新規感染、その他はそれぞれ同じ程度で10件前後ほどあって、副作用は数件程度であった。
Haddow et al. PLOS ONE 7, 2012から引用

 免疫再構築症候群は、患者にとっては苦痛であり、医療者にとっては治療計画の妨げとなることから、避けるべき問題と認識してきた。しかし、Parkら39)は日和見感染症を発症し、かつ免疫再構築症候群を発症した症例の長期予後が免疫再構築症候群を発症しなかった症例に比べ、良好であることを報告した。

 したがって、免疫再構築症候群を単純に抗HIV治療の副作用と位置付けてしまうと免疫再構築症候群の真の病態を見誤る可能性もあり、今後の研究成果が注目される。

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