XV医療従事者におけるHIVの曝露対策

要約

  • 医療機関ごとに独自の職業上曝露(針刺し・切創)対策マニュアルを作成して、その実施も含めて、すべての職員に周知徹底する必要がある。曝露対策で最も重要なことは、曝露しないための種々の準備をしておくことである。
  • 曝露事象が起こり感染のリスクが考えられる場合は、曝露後に抗HIV薬の服薬をすることが推奨される。服薬する場合には可及的速やかに(可能であれば2時間以内に)、内服を開始する。薬剤の選択には複数の要因を考慮し開始する必要がある。
  • 予防投与をすべきかどうかについては最終的に被曝露者が判断すべきであるが、専門医によるカウンセリングと効果と副作用に関する十分な情報提供が確保されていなければならない。
  • 標準的な曝露後予防として推奨される薬剤はRAL(アイセントレス®)+TDF/FTC(ツルバダ®)である。TAF/FTCは妊婦での安全性がまだ確立していないので、妊婦あるいは妊娠の可能性のある女性には推奨されていない。妊娠の可能性が否定できる場合は、TDF/FTCをTAF/FTC(デシコビ®)HTに変更してもよい。
  • 薬剤耐性HIVによる曝露後予防は専門医による事例ごとの個別の判断が必要である。
  • 曝露後の経過観察期間は、例外を除いて、事象発生時、曝露後6週間目、12週目、6ヶ月目である。第4世代HIV抗原抗体検査を使用する場合は6ヶ月目を4ヶ月目まで短くすることも可能である。
  • HIV専門医療機関は近隣の医療機関と事前に連携する必要がある。
  • 患者予後の長期化・高齢化によりHIV患者の全医療部門での診療・入院が日常化している。HIV診療に従事する医療従事者には、他部門医療従事者に対して「血液・体液曝露時の現実的な対応」を確認・指導することが求められている。

1.職業上曝露によるHIV感染のリスク

 医療者におけるHIV感染血液による針刺し・切創などの職業曝露からHIVの感染が成立するリスクは、経皮的曝露では約0.3%(95%信頼区間= 0.2%〜0.5%)1)、粘膜曝露では約0.09%(95%信頼区間= 0.006%〜0.5%)2)と報告されている。この感染危険率は、B型肝炎ウイルス(曝露源がHBe抗原陽性の場合で約40%、抗HBe抗体陽性の場合は約10%)やC型肝炎ウイルス(約2%)に比べると明らかに低いと考えてよい。

 強力な抗HIV療法の経験の蓄積により、HIV感染者の血漿HIV RNA量が他者への感染性の重要なマーカーになり得ることが複数の報告で示されている。血漿HIVRNA量が高い場合にはHIV伝播のリスクは高まり、血漿HIV RNA量が低い場合にはHIV伝播のリスクは低いと考えられている。HIVに関する母子感染のデータでは母親のHIV RNA量が500コピー/mL未満では母子感染が成立しなかったとの報告もある3)。米国周産期DHHSガイドラインにおいては、母親がARTを受けていて血漿HIV RNA量が1,000 コピー/mL未満の場合には、出産時のAZT(レトロビル®)追加点滴は不要であるとしている4)。HPTN052試験では、抗HIV療法を長期に継続し血漿HIV RNA量が検出感度未満に維持されている患者からは性行為による伝播のリスクは非常に低いことが報告されている5)

 抗HIV薬を内服中であり、HIV RNA量が連続して50コピー/mL未満である患者から曝露した場合には、多くの専門家は感染の可能性は限りなく少ないと考えている。しかし複数の報告において血漿HIV RNA量が検出感度未満になった状態でも、細胞内にウイルス(インテグレートされたHIV DNA)が存在することが報告されている。そのため米国・疾病管理予防センター(CDC: Centers for Disease Control andPrevention)のガイドラインは、可能性がゼロではないことより、「由来患者の血漿HIV RNA量が検出感度未満に維持されている場合でも、曝露後予防を推奨する」ことを選択している6)。それに対して英国の職業的HIV曝露後予防のガイドライン(2008年版の一部を2013年に改訂)では「If the patient (source) is known to haveundetectable HIV viral load (<200 copies HIV RNA/ml), PEP is not recommended」と書かれ、「由来患者の血漿HIV RNA量が200 コピー/mL以下では抗HIV薬の内服は推奨しない」との立場を2013年に表明し、2019年3月時点で取り下げられてはいない7)

 しかし、やはり考慮すべき事項は存在する。1) 抗HIV療法導入数ヶ月以内の由来患者では血漿HIV RNA量の安定が乏しい可能性が存在すること、2) 抗HIV療法を長期に継続し、3か月前後の間隔で測定された数年来の血漿HIV RNA量が検出感度未満である患者では、かなりの確率で検出感度未満が維持されている可能性は高いが、100%ではないこと、3) 由来患者の血漿HIV RNA量に関する情報は多くの場合で曝露事象と時間差(数日〜3か月前後)が存在すること(自施設で血漿HIV RNA量が測定可能であれば、数時間以内に曝露事象時の血漿HIV RNA量を知りうるが、日本のほとんどの医療機関では自施設で測定はできない)。

 以上より、CDCガイドラインのように、血漿HIV RNA量が検出感度未満の(と推定される)場合でも、曝露後予防を考慮することは基本である。またCDCは2013年の英国推奨の変更を受けても、2019年3月時点で「血漿HIV RNA量が検出感度未満の場合の推奨」を変更していはいない。

 しかし特定の状況(例えば、曝露医療者が患者に手術・救命処置をしている最中に血液・体液曝露し直ちにその処置を中断して抗HIV薬を内服することが困難な状況や、曝露医療者が妊婦であり抗HIV薬の内服を希望しない場合)では「血漿HIV RNA量が検出感度未満である場合は、感染伝播率は非常に低い」ことは考慮すべき事項とも考えられ、曝露血液・体液量が極端に少ない(またはほぼ無い)状態での「安心のための曝露後予防内服は実施しない」ことも選択肢となりうる。

 HIV感染者数からの推定では、日本での男性約3,000人に1人はHIV感染者であると計算される。特に都市圏では観血的処置前に患者のHIV罹患の有無とHIV RNA量の確認は、患者にも医療従事者にも安全な医療環境を保持することとなる。ただし、観血処置前HIV検査は、①患者の同意があること(これは通常検査と同様)とともに、②検査が病院負担であること(これは通常検査と異なる)というポイントがある。

PAGE TOP

アンケートにご協力ください。

このページは役に立ちましたか?

コメント